アザミとアニーは疑わしい。

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あおいもんどころ肝、(へんげんせぎご)心(かなめ)要の部分を素知らぬ顔をして隠し、片言隻語を抜き出してきては、まるで〃葵の紋所″のように突き出す。そんな手は食うまい。かっての文章は、自身の本心を述べていない、などと言い逃れるのなら、それはそれで心理分析に値する問題である。結局、〃権威″にすべてを委ね、自分の責任を放棄してしまっているから、かっての自分との継続性まで断ち切って、ノホホンとしていられるのである。老醜を晒(さら)す「竜」が、名誉会長に逆恨みして、週刊誌の手記(売文屋「段勲」がまとめた、と言われている)で、「創価学会解散」を叫び始める。それに歩調を合わせるかのように、「日顕」が学会に対し、例の「解散勧告」、「破門通告」へと突っ走ったのだ。「竜」は後には、「日顕宗」の手足となる、法華講を使って署名運動を展開し、「創価学会解散要望書」を、東京都知事宛てに提出している。議員バッジを付け、権力の味を知った人間が、その魔性に魅入られれば、いかにも、発想しそうな手段であった。それが、あえなく門前払いを受けたことは、周知のとおり。

それに応えて、多くの組織では、明らかに秘密保持を必要とする理由があるものをのぞいたすべての内部資料をインターネットに流すようになっ会計上の基準もまた変化した。すべての資産と負債は、企業と金融機関双方において市場価格で評価され、すべての部門と分野の収益を四半期ごとにださなければならなくなった。その結果、公認会計士の仕事が大幅に増え、毎年新卒が高いサラリーで就職していった。きびしい新基準を満たせなかった企業は、どんな名門企業でも一度警告を受けたのちに上場取消の処分を受けることになった。粉飾決算は、たとえ当局が認めていた場合でも、発覚すれば重大な不正行為とみなされ禁固刑に処せられた。一九九八年と九九年の金融改革以来、金融機関の動きが活発化し、外国企業との合併や合弁、デリバティブ、リサーチ、ヘッジファンド型資金運用、ディスカウント。

業績評価基準を導入する際には、「アウトプット評価基準」と「プロセス評価基準」という二つの種類を、それぞれの評価特性を理解して使い分けることが必要となる。具体的には、〃重要プロセス〃に対して「アウトプット評価基準」を適用・導入し、〃キーとなるアクティビティ(主要な活動)〃に対しては「プロセス評価基準」を適用・導入する。その使い分けの理由については後述するが、いずれの評価基準においても、前節で説明した「評価マトリックス」を利用して戦略や組織目標と連携・連動する評価基準の取捨選択が必要になる(第節図表6「業績評価モデル」参照)。アウトプット評価基準とはアウトプット評価基準、すなわち結果を評価するための基準は、現在最も利用されている評価基準である。例えば、原価計算害・損益計算書などの財務諸表やそれをもとに様々な分析をした結果などがある。

にもかかわらず、当の金融庁がアクションを起こそうとしない。考えられる唯一の理由は、これまで金融庁、特に金融庁の幹部は、すでに一○兆円の公的資金を銀行部門に注入し、これによって銀行は良くなると繰り返し主張してきた。したがって、あらためて銀行の実態が悪いということになると、過去の政策が不十分であったことを証明することになってしまう。だから過去の政策を正当化するために、現状が悪いとは言えない。これこそが、官僚組織特有の「無謬性」である。しかし、現状が悪いことを出発点として認めないかぎり、求められる新たな不良債権処理策には絶対に行き着かない。それにしても、総理の指示に対して官僚がここまで無視した政策を行ってよいものだろうか。そうした怒りを覚えながらも、一向に動かない金融当局を前に、抜本的な対策にはさらに時間をかけざるをえなかった。


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